2014.05.17(Sat):News to worry
畳は、世界に類がない日本固有の文化である。畳の原点は大昔から存在する。

畳 (たたみ)は日本民族の生活の知恵が生み出した固有のものであり、湿度が高く、天候の変化が激しい日本の風土で、「敷物」として育てられ、伝承されてきました。

その当時は藁を重ねただけだった。

現代の畳に近づくのは平安時代に入ってからであり、厚みが加わるとともに大きさの規格化が進められている。

延喜式では、階級により大きさや縁の色が定められている。

平安時代までは板床に敷くクッションの一種の様な感覚で使われていたが、室町時代に入ると、書院造の登場によって部屋全体に畳が敷かれる様式があらわれ、茶道の拡大に伴い、正座と共に普及していった。

江戸時代に入ると、畳そのものが重要な建築物の要素として見なされるようになり、城や屋敷の改修工事を司る役職として畳奉行が任命される例も見られた。

最近は生活の洋風化に伴い畳を敷き詰めるのではなく、平安時代のようにクッションとして1枚から数枚程度板間に置く、という形が復活しつつある。

一言で「畳」と言うが、大きさは様々なのも特徴。

一般的にいわれるのが、規格としては、京間(本間)、中京間(三六間)、江戸間(関東間、田舎間、五八間)、団地間(公団サイズ、五六間)の4種類が有名だ。

なんで、「畳」の話題かって・・・

イグサを「臭い」と言う女子中学生がかなりいると言うニュースをみたから。

イグサで作る畳の表面部分「畳表(たたみおもて)」の匂いが、臭いという表現になってるのだろう。

欧米化の生活様式の家が増えるに従い、畳よりもフローリング、座るより、椅子、ソファーに腰掛ける生活になれたせいもあるだろう。

フローリングの質が上がり、フローリング施行工事価格が安くなるに従って畳の部屋がなくなりつつあるが、自然素材としての畳の良さはいまだもって健在だ。

実際、「正座」をしないという若者も多いからか畳の需要は激変している。

日本の文化である「畳」の危機でもあるわけだ。

「畳」の文字は、古事記や日本書紀、万葉集などに「管畳」、「皮畳」「絹畳」といった記述で登場しており、当時は、こうした敷物の総称で、畳める (たためる)もの、重ねるものの意味。

折り畳自転車の畳にこの文字が使われるのも、これで理解できるだろう。

齢を重ねていくと、洋間より和室の居心地の良さがわかるようになってくのだが、さて若者達が「畳」の本来の良さが解るころまで畳職人さんが健在かどうかはわからい。。



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