諺文(オンモン)

こんにちは。

昨日のポカポカ陽気とはうって変わって空は曇り、肌寒い。

TVでは強(日曜日)も森友学園の話題で安倍総理、昭恵夫人の事をこき下ろすのに精を出してましたね。
安倍政権の支持率低下を狙っているようだが不発に終わっている。

辺野古ではまた朝鮮人による公務執行妨害者がでて逮捕されているし、日本国内の朝鮮人の一掃が早急に望まれる。

李氏朝鮮式の英語教育法が『現代韓国より遥かに優秀だ』と韓国人が仰天、実は日本製だったと暴露される。
こんなニュースがあった。


英語教育
わかりやすい辞書
日本人が作った教科書
日本が制作


そこで、ハングル文字の普及に尽力した言われている「井上各五郎」氏について書いていきたい。

井上 角五郎

井上 角五郎は、日本の実業家、政治家。
東京府平民。 壬午事変後に朝鮮政府の顧問となり、朝鮮初の近代新聞「漢城旬報」を発刊。
また初めて漢文・ハングル混合文体を実用化した「漢城周報」を創刊。

15世紀に登場したハングルであるが、その後単発的に詩歌・文学作品で使用されてはいたが、「文字」としての体系は整っておらず、国民一般には普及しなかった。

この「ハングル文字」にいち早く目を付けたのが、日本人なら誰でも知っている「福沢諭吉」である。
福沢は「教育の普及が近代化の第一歩である」という信念から、朝鮮においても啓蒙を担う文字の重要性を説いていた。

そこで、日本の仮名と似ているハングルに注目し、一般国民にも文字を読むことが可能になるハングルの利用を強く勧めることになった。

福沢はこうも言っている。

「朝鮮の独立と朝鮮民族の啓蒙には、朝鮮語による新聞の発行が不可欠である」。

彼のこの言葉に大いに理解を示したのは、誰あろう安重根に暗殺された伊藤博文だった。

福沢諭吉の門下生に一人の男がいた。
その名を「井上角五郎」という。実業家・政治家という面だけが表に出ているが、「井上がいなかったらハングルは無かった」とまでいわれた人物である。

彼は、朝鮮王朝政府時代、1883年に一定の体系と継続性を持った朝鮮初の近代新聞「朝鮮旬報」、そしてその続刊ともいえる「朝鮮週報」に大きく係ったと言われている。
しかし、朝鮮初の近代新聞「朝鮮旬報」は全文漢字でありハングルは使われなかった。
1886年、漢字とハングルを使用した「朝鮮周報」が発刊されることとなった。
部数は3000部と少なく、結局新聞自体は庶民に浸透しなかったが、彼が目指した「教育の普及が近代化の一歩である」という意思は、その後、朝鮮語字典、そして朝鮮総督府による義務教育の普及へと繋がってのが真実の歴史だ。

1000年以上、中華の属国であった朝鮮は中華文化の後継者であって、それ以外の何者でもなく、李氏朝鮮は明の文化を継承する目的で建国され、国号も与えられた国だった。
世宗がハングルを発明した?当時は、明の文化を否定するものだとレッテルは貼られすこぶる評判が悪い者でした。結局、殆ど使われることもなく、ハングルはひっそりと姿を消しました。
ゆえに、朝鮮初の近代新聞「朝鮮旬報」も当然ハングルではなく漢字でした。

日本が併合するまでの朝鮮人には朝鮮人としてのアイデンティティはなく、国家や独自の文化を発展させようという気概も覇気もなく、中華の属国であっただけです。
日本に併合された時は朝鮮半島の文盲率は90%以上といわれていたこともあり、朝鮮時代はハングルが普及してなかったのだ。

日帝に蹂躙されて女を奪われ奴隷の様に扱われた自称「戦勝国」の最優秀民族大韓民国様が、まさか日帝に語学教育を受けていたなんて、もう絶対に口にすることさえできなくなっている。
歴史に向き合わない民族は、哀れだなと、また感じ入った次第だ。。
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