2017.01.10(Tue):韓国を笑う
お互いに必要としていないのだから、国交いらないでしょw

未だに謝罪と賠償を要求してくる大韓民国(韓国)だが、太平洋戦争当時は朝鮮半島は日本の一部だった事を忘れてはならない。
以前にも書いたが、日本国内を内地と呼び、朝鮮半島、台湾を外地と呼称していた。

内地と外地の差を少なくするためのインフラ整備にも尽力を尽くしてきたことは日本人であれば真実の史実で理解しているだろう。
故に、朝鮮人、台湾人であっても旧日本軍に所属して戦死した方々は、「靖国神社」に祀られている。

よく誤解をしている人がいるが、A級戦犯、B級戦犯、C級戦犯と区別されているのは戦争における戦争犯罪の重さではない。
関わった戦争責任の種類別だ。

敗戦後の日本は、それでも各国に戦後賠償を行った。
以前にも書いているので、ここでは端折るが問題は韓国の言い分だ。

皆さんご存知のとおり、1965年に締結された日韓基本条約で、日本から韓国への5億ドルもの経済協力と引き換えに、日本への賠償請求権は完全に消滅している。

5億ドルと一言でいってはならない。
なぜならレートが違うからだ。
当時は1ドルが360円の固定相場だったことから計算すれば、その金額が途方もない金額だったというのが理解できるはずだ。

1965年の日韓基本条約において無償で3億ドル、有償で2億ドル、民間借款で3億ドルを支払っている。
合計して8億ドルである。
この金額は当時のものであるので、貨幣価値を今の時代に換算してみる。
また、8億ドルのうち3億の無償分のみに絞って考えてみる。


・(円換算)3億ドル×360円(当時1ドル=360円)=1080億ドル
・(物価換算)1080億円×10(当時の大卒初任給が約2万円)=1兆800億円

これを、韓国が主張する通りに、強制連行労働者70万人、従軍慰安婦20万人の合計90万人の賠償対象者で割るとします(強制連行、従軍慰安婦など実際はほとんどなかったという議論は当然ありますが、ここでは韓国の主張を100%飲んだ数字で算出します。)

・(強制徴用者被害者一人換算)1兆800億円÷90万人=120万円/人

これで比較できる金額が出ました。
さて次はこれが高いかどうかです。よく、ドイツは戦後十分な補償をしている。
ドイツを見習えとか言う人や新聞社がありますのドイツを参考にしましょう。
ドイツの強制労働者への賠償は、現在価値換算で一30万~80万で、一番高いユダヤ人の奴隷労働者でも80万円である。
これで客観的に見ても日本の韓国に対する戦後賠償が非常に高い水準であったことがわかる。

尚、無償、有償あわせて合計8億ドルという額は当時の韓国の国家予算の2.3倍であり、いかに高かったかが分かる。
ちなみにこの賠償額は、朝鮮半島全地域が対象であり、韓国政府が「北朝鮮を統一したら北の人に支払うから北の分もくれ」と言って持って行った額である。

さらに、日本は戦前韓国に残した資産を放棄している。
これはインドが英国から独立したとき、イギリス人がインドに持っていた個人資産が個人に返却されたという前例があるように、十分に戦後賠償として通用する行為である。
驚くべきはその額であり、総司令部民間財産管理局の調査では、軍事用資産を除き計53億ドルであった。(大蔵省財政史室編『昭和財政史。終戦から講和まで』東洋経済新報社)
 
つまり、日本は韓国に対して戦前資産53億ドル、戦後賠償8億ドルもの巨額の賠償を行っている。
そして日韓基本条約には、以下の言葉が記されている。「戦後処理は完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」(協定第二条1)

しかし条約締結の後、韓国は日本からの清算金を個人の賠償対象者に支払うことなく、国家発展のために活用した。
「漢江の奇跡」と言われた韓国の経済成長が韓国人の努力とともに、この南北朝鮮を対象として支払われた清算金を原動力としてなされたことは疑うべくもない。


そして韓国政府は驚くべきことにこの条約のことを国民に知らせていない。
個人に支払わず国家発展に流用したことを隠す為であろうか。それとも反日感情をいつまでも煽る為であろうか。
もしくはその両方か。
その為韓国人は未だに日本が賠償責任を果たしていないと思いこみ、憤慨し、日本で終わった賠償問題について訴訟を起こしているのであり、日本と韓国の間の大きな溝の一つはそこにある。
このことを韓国国民はもちろん、日本人も良く知る必要があると思う。

これだけ砕いて書けば、日本語が理解できるなら、韓国がこれまで日本にどれだけたかって来たかわかるだろう。
だから「乞食国家」と言われるのだ。

現在、職務停止中の朴大統領が、「韓国は優れた創造DNAを持った民族。韓国は世界で最も短い期間に100万号特許登録を実現した」と豪語していたが、日本の室町時代、その"優れた創造DNA"を持っているはずの韓国には、寸法どおりに木材を切る技術すらなかった。

特に朝鮮通信使が感嘆したのは、揚水水車の技術だった。
通常、水車といえば足踏み式。
ところが当時の日本では、流れる水を動力源として、水を自動的に汲み上げるタイプの水車(これを揚水水車という)を完成させていた。

水車


帰国後、通信使は配下の学生に作り方を学ばせ、国王には模型まで提出し、揚水水車の導入を進言しています。
進言は容れられ、次の王、その次の王の時代にも揚水水車を作ろうとしますが、最後まで作ることはできませんでした。
更に驚くなかれ、それから334年経った江戸時代の話。
11回目となる朝鮮通信使が日本にやって来ました。
そして、またしても淀川にあった日本の水車を見て、驚嘆したと報告しているんです。
結局、300年以上経っても、彼らの技術では揚水水車ひとつ作れなかったのですから。

他にもあります。
朝鮮では水が漏れない桶や樽も作れなかったので、女たちは重たい甕(かめ)を頭に載せて水運びをしていた事実だ。
とてもじゃないが、"優れた創造DNA"の片鱗は確認できない。

いやはや、真実の歴史を紐解き、真実を知れば現在の韓国人はいったいどんな火病を起こすのだろうか・・・
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